櫻井よしこ『明治人の姿』ご紹介

■『明治人の姿』ご紹介

櫻井よしこさんの、『明治人の姿』を読みました。
『日本人の美徳』同様、とても読みやすいのですが、内容は濃いです。

「幕末から明治期にかけて日本を訪れた外国人は、
日本の庶民に至るまでの教養の高さや品のよい振る舞い、
節度や慎ましさを、驚きと敬いをもって賞賛しました。
かつてたしかに存在した美しい日本の文明。
そこで織りなされた日本人の暮らしぶり。
言葉のなかに、挙措のなかに、風習のなかに、
しっかりと表現されている価値観。
そうした諸々のことを今、振り返り、
当時の人々の生き方に接することが、
私たちの生きているこの現代社会の深い傷を
癒してくれるような気がします。」


「はじめに」で、櫻井よしこさんはこのように述べています。
この本では、杉本鉞子(えつこ)という女性の人生が紹介されています。
戊辰戦争で賊軍と呼ばれた、長岡藩・筆頭家老の娘として生まれた鉞子。
激動の明治を駆け抜け、後にアメリカで『武士の娘』を著します。

「『武士の娘』は、武士と呼ばれる人たちとその家族が
いかに自らを律して清廉に生きたか、
人間に対する思いやりがいかに深かったか、
また、身分を超えて、日本人全体が
いかに謙虚で美しい生き方を全うした人たちであったかを、
改めて教えてくれます。」


戦後、私達は伝統的な価値観を否定されて、精神的な支柱を失ってしまいました。
そして今日、連日のように報道される凶悪事件や家庭の崩壊、社会規範の脆弱など、
日本人本来の生き方とは、かけ離れてしまったのです。
この本を読んでみて、日本人とはかくも美しく優しい人達であったのだと、
感動を覚えずにはいられませんでした。
幕末から明治を生き抜いた、一人の偉大な女性の人生を是非知って頂きたいです。

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櫻井よしこ『明治人の姿』@

■武家の教育

櫻井よしこさんの『明治人の姿』では、今は失われた日本人の良さが窺い知れます。
武士の家では、とても厳しい躾が子供になされました。
それは、己を律するという姿勢に繋がっていきます。

■「畏れ」を忘れた日本人

「信仰心は「畏れ」と一体です。
畏れは、自分は目に見えない力に
生かされているという意識であり、
生かされていることへの感謝でもありました。
その感謝の心が、
謙虚で節度ある暮らしぶりの根本にあったのです。」


■六歳で学んだ「四書」

「かつて日本人は、
どのように子供を教育したのでしょうか。
鉞子は幼い頃から、
家の菩提寺の僧侶を師として学問を学びました。
最初に学んだのは「四書」、
つまり「大学」「中庸」「論語」「孟子」です。
これらはすべての学問の基礎とされていました。
その基礎は、
幼な児に対してもゆるがせにされることはなかったのです。」


≪このお師匠さまは四書を教えて下さるにも、
仏教を説く時と全く同じに、
恭しい態度をもってせられ、
肉体の安逸ということを一切避けておられました≫
≪お稽古の二時間のあいだ、
お師匠さまは手と唇を動かす外は、
身動き一つなさいませんでした≫


「上に立つ者は厳しく自らを律する。
それが日本人の基本的な姿勢でした。
自らを律するとは、欲望に走らないだけでなく、
自分自身の挙措にも
厳しい規律を課すということだったのです。」


■習字で身につける「心の制御」

「こうして準備を整えて学ぶ習字は、教養としても、また、
≪複雑なあの運筆を辛抱強く練習致しますことによって、
精神力の抑制ということが練りきたえられる≫として、
精神修養の重要な柱とされていたのです。」


このような厳しい修養の様子を読んでいると、
何か人間味に欠けるような気がしてしまいますが、
実際は、現代以上の深い愛情や信頼関係で結ばれていたそうです。
子供は、両親や祖父母だけではなく、使用人にも大事にされました。
下男下女が、武士の家族のために一心に忠誠を尽くす。
それは、何故だったのでしょうか。

「武士の家では、正月には無理をしてでも使用人に
新しい着物を与えました。
武家の女性たちはそのために工夫を重ねて
家計をやりくりします。
そして自らは着古した着物をほでいて洗い張りをし、
仕立て直しをして着るのです。
これを何度も繰り返して色があせたりすると、
また染め直しをして着ます。」

「下男下女の実家のほうがかえって
豊かな商家や農家だったりします。
彼らは時として、主人よりも金銭的に余裕があります。
けれど自らを律し、
自己を鍛錬する武士の生き方に敬意を払い、
精神を啓発され、
まさに家族の一員として主人に仕えました。
奉公をやめた後も、
彼らの主人への忠節が続くのは
そういう理由だったのです。」


これらの文章の中で、ひときわ心に突き刺さった言葉がありました。

≪現世の苦しみは前世の罪業の償いであり、
                また来世のためである≫


こうした価値観は、どんな環境をも受け入れ愚痴をこぼさず節度を持つという、
当時の人々の克己心に繋がっていったのでしょう。
現代の私たちは、戦後誤った価値観のもと教育されてしまったような気がします。

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