西村眞悟 天皇論(1)

12月14日は、赤穂浪士の討ち入りの日でした。

奇しくもこの日、中国の習近平副主席が来日。
そこで急遽、日本文化チャンネル桜は、
天皇陛下との会見が予定されている12月15日に、
緊急街宣行動に立ち上がりました。


習近平中国国家副主席は、今年7月5日のウイグル大弾圧・虐殺の指揮者です。

この点について、「杜父魚文庫ブログ」で興味深い記事を見つけました。
以下一部割愛し、掲載させて頂きます。


■赤穂浪士の討ち入りの日に思う 西村眞悟

本日十四日にこの時事通信を書くに際し、
やはり、元禄の赤穂浪士の討ち入りに触れたいと思います。

私の推測ですが、幕末の開国により我が国に来るようになった欧米人は、
既にこの赤穂浪士の討ち入りの物語を知っていたのではないかと思います。
それというのも、「宝島」を書いたイギリスの作家スティーブンスンは、
吉田松陰を知っていて彼の伝記を書いています。
従って、この赤穂浪士のことも知られていたと推測するのです。

そしてこの物語が、如何に二十世紀初頭の日本の運命に関係し
現在の日本を護っているかを知っていただきたい。

即ち、日露戦争の講和です。
一九〇五年九月、アメリカのポーツマスにおいて日露講和がならず、
日露再戦となれば我が国の国力は、まず財政から破綻し、
満州に展開する二十五万の我が野戦軍は
弾薬と物資の欠乏から崩壊する危機に直面せざるを得ません。

では、この我が国の運命にとって極めて重要な日露講和を仲介した
アメリカのセオドア・ルーズベルトという大統領は、
何故その労を引き受けたのか。
もちろん、それがアメリカの国益にかなうからです。
これは言わずと知れたこと。
その上で、彼は次のように言っています。

「少年の頃、
日本の赤穂義士の討ち入りの物語を読んで、
血湧き肉躍ったからだ」

 
あの元禄の昔、隠忍辛苦して本懐を遂げた大石内蔵助等四十七士の心意気は、
二十世紀のそして二十一世紀の日本の運命にも関係しているのです。
嗚呼、高輪泉岳寺に参ってお礼を言いたい。

討ち入り日の前日である昨日十三日の夜、堺に住む日本一の浪曲師、
松浦四郎若さんが十七歳で討ち入った
矢頭右衛門七(ヤトウエモヒチ)の物語をうなってくれた。
そばとうどん屋の堺東の「利久」で同志とともに聴き、血湧き肉躍った。

ところで、この忠臣蔵の物語は、
封建時代という歴史を経た国々でないと分からない。
つまり、主君とお家に対する忠誠を柱とする武士道、
騎士道の文化をもつ国でないと分からない。

従って、中国人には分からない。
彼らには、真夜中に無防備な老人を武装した四十七人が
よってたかって殺したという話にしかならない。

結局、中国人そして中国共産党は、
日本という国家と日本人のもつ文化は分からない。


ただ彼らから見れば、
日本は未だ中国を含む全アジアを合わせた力よりも大きい経済力を持っている。
従って、日本と日本の天皇は、「利用価値」があると思っているだけだ。
これが、朝から晩まで反日教育を自国民に押しつけながら、
のこのこ訪中する日本の国会議員に、日中友好と言って誤魔化す理由。


二十年前の天安門事件の三年後、天皇皇后両陛下は中国を訪問された。
この両陛下の中国ご訪問を、時の中国副首相の銭其深が、
天安門事件による西側の対中制裁を回避する戦略的狙いの元に実施され、
その目的を達成したと回顧している。
つまり、中国共産党は、日本の天皇を利用するうま味を経験した。

そして、この度、国会を閉会にしてまで北京を訪れた小沢民主党幹事長等
六百名を越える訪問団への「熱烈歓迎」を餌に、
何処の馬の骨かもわからない副主席と天皇の会見を外交儀礼を無視して要求した。

小沢幹事長はぱくりと餌に食らいついて内閣に
共産党の副主席と天皇との会見をごり押しして実現させることになった。

その見返りは、自分に対する国賓的待遇とついて行った
二百名近い馬鹿議員と胡錦涛とのツーショット。
これらは、この写真を後援会に見せれば、選挙に有利だと思っているのだ。
なんと他愛のないカモであろうか。もはや付ける薬もない。
 
彼ら訪中議員団は、忠臣蔵と正反対、
日本人の誇りと自国に対する忠誠心のかけらもない。


いよいよ、我が国文化の中枢に対して中国共産党が土足で踏み込んできた。
中国は、こともあろうに、天皇を共産党内の序列争いに利用しようとしている。


この中国共産党の「土足」を呼び込み招き入れた我が国政治家の、
自己の安楽さのために天皇をも利用する傲慢さは、
我が国歴史上うかがうことができないほどのものだ。
戦後の文化的頽廃、道義の頽廃と政治の堕落が生み出した亡国的事態である。
 
我が国のかたち即ち我が国の尊い国体から観るならば、
この度の事態は、天皇を利用する中国共産党の
使い走りとなった鳩山総理大臣と小沢幹事長の、
議員辞職どころか除籍追放に該当する事態である。


彼らは、我が皇統を護らんと八世紀に発せられた宇佐八幡の神託に言う
「無道の人は、よろしく速やかに掃蕩すべし」に該当する「無道の者ども」である。

宮内庁長官は、二度とあってはならないこと、と発言したようだが、
一度もあってはならない、つまり、決してあってはならない事態だ。

昨日の集会で、私は次のように言った。

「真の我が国政府であれば、
あの、北京で笑っていた中共の野戦軍司令官とやらと
その取り巻きのパスポートを直ちに失効させ
我が国への入国を拒否すべきだ」


言うまでもなく、中国の人民解放軍は、中国共産党の軍隊であり、
共産党の主席の指揮の下に動く。
彼は自ら、その軍隊の野戦軍司令官だと言った
(これは過大な自己評価だ。実質は伍長程度か)。
とにかく、北京で得意になって自らの正体を明らかにした。
語るに落ちるとはまさに小沢のことよ。
中国共産党の指揮下にある者に我が国のパスポートを与えてはおけない。

さらに、締めくくって、次のように訴えた。

「この中共の野戦軍司令官は、『日本を解放する』ために、
外国人に対して我が国の参政権を行使させようとしている。
皆さん一人一人、祖国日本を自分が護るつもりで、
外国人への参政権付与の動きを阻止しよう。
拉致被害者救出の国民運動が我が国国政を動かしたように、
九十%以上の国民が外国人参政権付与に反対している以上、
必ずこの売国的動きを阻止できる。」

西村眞悟 天皇論(2)

中国・習近平副主席来日による、天皇陛下との会見。
この事に関し、引き続き「杜父魚文庫ブログ」の西村眞悟さんの記事を、
引用させて頂きますので、ご覧下さい。

■君、日本国憲法読んだことあるの、
とは誰のことか 西村眞悟


今来日している、中共の副主席が天皇陛下と会見することとなった事態は、
許されざる事態である。
腹に据えかねる思いをもつ国民にとって、図らずも、
この事態は、我が国体と天皇の存在について、あらためて認識を深める機会となっている。

それと同時に、一旦日本側が断っていたこの会見を、
中共の意向の元にごり押しして、
まさに彼の走狗となって実現にこぎ着けた総理及び党幹事長の「程度」が、
極めて低いことも明らかになった。

昨夜(十四日)の小沢氏の記者会見での発言は聴くに堪えなかった。
そして、なるほどなー、かわらんなーこの人はと思った。
彼はぶすっとした顔になって、質問した記者に

「君、日本国憲法読んだことあるの?」と言い放っていた。

彼のこの発言と北京での発言、
「日本解放はまだ」、
「私は解放のための人民解放軍野戦軍司令官」を総合すれば、

先ず第一に、この人物は、日本国憲法が分かっていないということが分かる。
次に、この人物は、日本が「民主主義人民共和国」になるのが
「日本解放」だと思っていることが分かる。


そして、選挙によって政権を取れば、
何でもできると考えていることが分かる。


先ず、日本国憲法第一章第一条にある「天皇」について
ここに天皇が日本国と日本国民統合の象徴と記述されていて、
「この地位(天皇の地位)は、主権の存する国民の総意に基づく」とある。

 
では、この「国民の総意」とは何か

これがポイントである。
これが分からない者は小沢氏のようになる。
つまり、国家にとっては極めて有害であり、個人的には恥をさらす。

この「国民」とは、例えば、今街角を歩いている国民、
または家でテレビを観ている個々の国民ではない。
つまり、現在の「横の集合体としての国民」ではない。

日本が誕生して以来、
二千年にわたって日本国民であった
「縦の集合体としての国民」のことである。
歴史のなかで亡くなっていった国民を含めた国民である。


神話によって伝えられる昔から、
つまり二千年以上昔から、
途絶えることなく天皇とともに生き、
万葉集に歌を遺してきた無量の日本国民が
一貫して疑うことなく天皇を戴いてきたこと、
これが「国民の総意」である。


遙か昔、「大君の みことかしこみ 磯にふり 海原わたる 父母をおきて」と
万葉集に歌を残し対馬の金田城の長大な石垣の石を運んだた無名の防人、

昭和二十年三月、
「国のため 重きつとめを果たしえず 矢弾尽き果て 死ぬぞ悲しき」と打電して硫黄島で玉砕した栗林中将と二万の将兵、

そして、今も続く宮中歌会初めに天皇皇后両陛下とともに歌を寄せる数万の国民、

さらに、ご皇室のご成婚や皇子誕生に、
こころから喜んで日本を明るくしてきた一億二千万の国民、

この二千年の歴史の積み重なりがなければ天皇の地位はない。

これら全ての国民が戴いてきたのが、
世界のなかで我が国にしかおられない万世一系の天皇であり、
この地位が百二十五代を経て今にあるということが、即ち「国民の総意」なのだ。


ところが、小沢氏は、今生きる個々の国民の集まりが「国民の総意」と思っている。
そしてその「総意」は、選挙によって内閣を組織した自分たちが
「体現している」と思っている。

つまり、小沢氏にとっては、選挙結果が「国民の総意」であり、
結局、選挙で勝った自分たちが「国民の総意」そのものなのだ。


従って、極端に言えば、馬の骨であろうとも、
土匪、馬賊、蛇頭の親分であろうとも、
自分たちが会わせようとと思えば、天皇と会見してもらう、
これが「民主主義」であり「日本国憲法」だと小沢氏は思っている。

だから、彼は、天皇と副主席の会見セットに関して記者から質問を受けて、
自分の正当性を強調するために、
「君、日本国憲法読んだことあるの」、
「民主主義なんだろう」という反論をしていた。

昨日も書いたが、また、語るに落ちたのである。
馬鹿さ加減極まれりだ。
与党の幹事長の答弁とは思えない。
大学の憲法ゼミでの幼稚な学生の質問でもあるまいに。
また、左翼学生が好んだ団体交渉のヤジでもあるまいに。
 
小沢氏は、自分勝手に憲法を読んでいるだけだ。
そして、極めて浅薄な解釈しかなしえていない。

小沢氏の解釈では、
日本は「民主主義人民共和国」である。


今いる国民だけが投票する選挙が「国民の総意」なのだから、
国民投票で皇位を廃止することもできる。

これが小沢氏の「民主主義」である。

権力を握れば何でもできると思っている幼児性、
このような者に限って「民主主義」を強調する。
何故こうなっているのか。

それは小沢氏が、
「日本の国体」を理解していないからである。


その結果、極めて危険なモデルに合わせて憲法を解釈している。

そのモデルとは、中国共産党である。

従って、北京に行って「日本の解放はまだ」だとか自分は「人民解放軍の司令官」だとか、
あきれるようなことを大まじめに言えるのである。

つまり、小沢氏のマインドは、金正日と同じだ。
このような者、つまり「無道の者」は、速やかに掃蕩すべきである。
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